定年は1970年代まで大企業を中心に55歳であったが、やがて60歳が一般となり、最近は国が65歳定年を推進している。定年延長は勤め人にとって幸せなことであるのか、それともやむを得ない必要悪のような政策であろうか。「生きがい」という名目で、人は出来るだけ長く働き続けたいと思うのか。その考えは人により一様ではないが、定年延長が社会現象に諸々の影響を与えていることは確かなことだ。
井原西鶴著『日本永代蔵』に、「人は13歳までは分別のない子供だからいいとして、それから24,5歳までは親の指図を受けて働き、そのあとは自分の力で稼ぎ、45歳までに一生困らぬだけの基礎を固めておいて、その後は遊楽することが最高の理想である」(堀切実=訳注、角川文庫)、とある。定年延長は、平均寿命が延びて定年後の年数が長くなったことにもよるが、過度になると老後の楽しみを奪うかもしれない。まだ元気が残っているうちに、勤務中は没頭出来なかった趣味や旅行をしたり、本当にやりたかった仕事をしたりすることは楽しい。また、早くから老後の楽しみを考えている経営者は、事業承継計画を55歳くらいで策定して早めに実行する傾向がある。今や老後を楽しむ時間を十分残しておくことは、ぜいたくなのだろうか。