Weeklyコラム 師匠という鏡を持つ

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8世紀、中国唐時代に「呉兢(ごきょう)」が編集した帝王学の代表作『貞観政要』がある。その中に、「3つの鏡」という文章がある(湯浅邦弘著「貞観政要」角川ソフィア文庫参照)。すなわち、(1)衣服・冠を正す(2)世の盛衰を知る歴史(3)自分を正してくれる師匠、という3つの鏡である。

さて、上に立つ者は、自己の身だしなみや姿勢に注意し、歴史すなわち過去の世の出来事を教訓とし、さらに日頃から自己を教え導いてくれる人(尊敬する歴史上の人物でも良い)を持つことである。3つの鏡はどれも大切であるが、ここでは人(師匠)という鏡について少し考えてみたい。

歴史上の師匠と弟子は、「三国志の英雄劉備と諸葛孔明」「細井平洲と米沢藩主上杉鷹山」等が有名であるが、弟子が全身で(時には運命を掛けて)師匠の人生観や知識等を受入れて人間修養に励んだ。生存する師匠を身近に持てなければ、歴史上の古典や人物等でも良い。

例えば、日本の古典であれば、「福沢諭吉の『学問のすすめ』」「貝原益軒の『養生訓』」「世阿弥の『風姿花伝』」その他、数多くある。日本の歴史上の人物にも、「豊臣秀吉」「白隠禅師」「杉田玄白」「二宮尊徳」「渋沢栄一」その他、大勢いる。要は何か一つでも、人間修養の基準となる師匠を持ちたいものだ。